2008年4月23日 水曜日
このところ父のお見舞いに行くたびに骨壷をせかされる。
気が進まなかったのでのらりのらりと生返事を繰り返し
製作を先送りにしていたが
先日のお見舞いでも”まだか?まだか?”と訊かれて
”今窯にはいっている。”と”今出ました蕎麦や”をしてしまったので
今日渋々とロクロに向う。
始めてみると久しぶりのフタモノ製作が楽しい。
蓋の大きさも一発でキマってご機嫌。
職人を目指していた昔 暗くなるまでロクロに向っていた日々が蘇る。
方針を変えてからはこの蓋物から遠ざかっていたが
このロクロのラインもすっきりしていて掘り下げる余地がいくらでもあることを知る。
自分の作品は過・加飾気味なので このスッキリしたラインに相殺されて
収まりよくしあがりそう。
お茶道具の水差し・煮物のお碗・へそくり壷・・etc
復活させてみようかな・
製作に手びねりとこのロクロの両方から選べる幸せを感じながら
調子にのって大中小の皿もロクロでひいてしまう。
人は皆死亡率100%なのだから生前にこれを用意するのも悪くない。
素焼きがおわったら病室に持参して
図柄や色の相談にのってあげるの図を思い描きまた楽しくなる。
こんな機会を与えてくれた父に感謝。
人は Give and Take とよく言うが
これは Give and be given のことだといつも思う。
人は与えてると同時進行で与え返されている。
与え終わったと同時にお返しはもう受け取ってしまっているので
Takeは発生しない。
それを感じ取れるアンテナが折れないようにすることが大切と思う今日この頃。